毎月、会長が報告して下さる例会報告です。
皇宮調査室というものが本当にあったのかどうかは、わからないのですけれど、あったとすれば、それなりに、とてもホッとする「挿話」になっていて、やっぱり、戦争のない世界をつくらなくてはいけないと考えさせられる作品でした。ですが、『皇宮調査室』という重いタイトルから入り、地下八階の閉ざされた部屋だという描写、そこにあるのはオドロオドロシイ資料の山でした。首相官邸の地下深くに隠された、わが母国の秘密。(作品設定です) 極限状態における作者の描写の目はさすがです。
ながらく続きました〈生きざま〉ですが、今回で完結となりました。科学技術のその技術の発展が、目に見えるのは、車に関してのあれこれが一番身近なのでないかと思われます。車内部のあれこれと、サラリーマン社会のあれこれと、二つのことを同じページにおいて楽しませていただけます。日本は、車産業でずっと世界一でした。その世界一が、ここのところ揺らいできているようです。でも、日本の車産業はなくなることは考えられず、「日本の産業」としてずっと続くでしょう。次回の号にて、東大寺さんのどのような作品に巡り合えることができるのか楽しみにしています。
「ゆりかごの唄」って、誰の唄なのだろうかと考えてみました。普通なら、母親の目から見た唄だということなのでしょう。けれど、この作品の「ゆりかご」って、なぜか、もっと色々な広がりが含まれているような感じがあります。親の目、子の目の双方を通しての相互的な「世界」なのではないかと、感じさせられました。そのことは、丁度、東北から京都への道筋をたどるような世界でもあるでしょう。ところで『おかめ供養塔』とは、実在のものなのでしょうか。そのように、考えさせられました。その土地に沁み込んだ、その時代の人の心、そして今という命のあるところ。
タイトルの「幽気体」そのものですが、不思議です。全体が15行からなる作品なのですけれど、そのどこの一行をとっても、前の行や後の行とは、なにかしら別の世界であるような感じがします。A≠B≠C…であるところの15行の特異な詩作品です。作品の意味のことは差し置いて、どうしても、作品の形について述べなければならないでしょう。冒頭の1行、そして2行と、文字数が増えていき、すぐに、今度は文字数を減らしていきます。「溶融している」のです。在ったものが溶融したという、割合簡単なことなのですが、「存在」が難解なように、「溶融」も、また難解です。
短いエッセーだなと思いました。しかも本論に切り込む心意気というのでしょうか、述べることが正論なので、ジタバタしてもしょうがないのだ、読みたい本を読めば、それでいいのだという、動じない対処にはなるほどなあと納得させられました。「本が読まれなくなった」という言葉に対して、「読みたい本がなくなった」という言葉が、対置されています。「本が読まれなくなった」「読みたい本がなくなった」には、答えがあるようで、実はないのではないでしょうか。人は考えます。食事を求めるように、考えも「する」のです。まあ、私たちにとってはそうであって欲しいです。
この作品にて、長野県にある美術館『無言館』、その館主が窪島誠一郎であり、窪島氏の父は作家である水上勉なのだということを知り、ふいに感動させられました。水上勉の小説の底には、いつも人の「心」が根差してあります。長野県には友人がいまして、彼が自慢 するには長野県は「教育県」なのだそうで、そのことを自慢することがとてもうれしそうでした。画学生の絵を大切にする、そのこと一つをとっても、いかにも長野県人らしいです。冒頭の『知覧と無言館の狭間で』から思い浮かぶのは『死』ですが、その『死』が諭すのは『生』でしょう。
どうも、変わった作品ですね。一度、作品を読み終えて、冒頭に戻ってみたら、「―わたしとしりとりをしてほしい。」とあり、もしかしたら愛の告白なのかと考えさせられました。ペアにしても、夫婦にしても、お互いに色々とあるもので、そのあったことをうまく忘れることが、その、たぶんホッとする、そのことが一緒にいる愛なのだろうと思います。末尾の「小松くんは、また負けちゃったんだね」は、作者の、男の側に対しても、女の側に対しても、とても納得する言葉でしょう。そして、ですね、そして「わたしとしりとりをしてほしい」は、永遠の言葉です。
高尾山のことは、このように作者は何度も書かれているのだけれど、何度も、何度も、書かれることによって、どんどんと進化・深化していってしまうのか、これで「区切り」というのがありません。確かに、これは、作者の発見した「金鉱山」なのだと、エールを送らせていただきます。坂本は学生の頃、二年ばかり高尾山の麓に住んでいたことがあります。そして、やっぱり同居していた池田君等々と、何度も何度も高尾さんに登りました。高尾山には何かを捨てるように登り、降りるときには何を拾うみたいに…若くして亡くなった松原君や池田君、命の向こうで会いましょう。