2026年4月の例会報告

毎月、会長が報告して下さる例会報告です。

  • 日時:4月19日(日)
  • 例会出席者:8名

メビウスの輪をあるく羊

とても謎に包まれた作品で、書かれていることが「何か」ということがつかめないままでした。AのことがBのようになり、でもCになったとしたらのような、つまり現実世界のようにランダムに変化するなら……のような「作品構成」なのかなと思いました。かつて、ほんとに若い少年の頃、城ケ島には何度も行っていました。なんとなく、この作品はその城ケ島が舞台になって書かれているのではないかと思われました。タイトルの『もう埋めなさい、と』は、率直なフレーズではありますが、その分、と言ったらよいのかどうか、作品を貫く深さがあります。

夏蛙

何を書いてある小説なのか、読み終わってもわからず、タイトルに戻ると『小説』となっていて、まぎれもなく小説なのに、小説が見当たらないのです。どこが小説かあたってみたら、確かに文節はあるなと納得、小説の決まりごとも枝を広げて、そうなってみると面白みもそこ、ここに見えてきて、表情もうかがい知れる。面白いだろうと思いつつ書いている。面白くないだろうとも思いつつ書いている。そこの「破綻」してしまうかもしれないところで、とりあえず、命長らえつつ、お婆は頑張るのです。全体がシュールな死に包まれて、時間だけが「我関せず」です。

深海

とても、「いさぎ」のよい作品ですね。その「いさぎ」のよい分だけの「成果」があり、無くすことを、無くすのではなく得ることとして、深く深くと身を献上するのです。詩は、言葉でもって意味を伝えるものですけれど、その意味と同時に「存在」をも伝えて、まさに「深い海」です。詩に関しては、私は、ド素人なのですが、作者の作品は一作ごとに高みを得てきているでしょう。 言葉と、詩に現わす世界とが、どのようにいったらよいのか、手近にある言葉を丁寧にみつめるような、そうですね、詩心がとても深くなってきていると思います。作品応募は続けてください。

借景家族

作者は、すごく考えられて書いた作品なのではないかと、考えさせられました。とはいえ、感じたことを感じたままに、感想のほどに述べるほかありません。作品で気になったのは、人物の「名前」が登場されることなく、女とか少女で済ませているところでしょうか。いろいろと考えていましたら、子供のころ、お墓の前で自分の名前を言ってはいけないと、言われたことがあります。なんとなく思うのは、幽霊に付かれてしまわないための方便なのかと、今では思います。よくよく考えてみればもっともなことで、自分の命の大切さの教えなのでしょう。

永井荷風 女性とお金 16

一、大震災前後の女性状況 かなり凄まじい荷風の女性関係が、白日のもとに述べられていて、かなりショックを受けました。荷風にとっては。男女の関係こそが文学で、それで良いとか悪いとかではなく、もしかするとそうしたこと自体が直に文学そのものだったのかもしれないな、と思えてきます。私は、40年くらい前から浅草に住んでいまして、その頃の近所の若者の気っぷのよさには、とても感心させられたものです。これが江戸っ子というものかと。作者の書かれる江戸っ子魂しいごとき諸々には、その生の感じが伝わってきて、一種の「芸」を味わっているような思いにさせられました。

読書雑記 62

〈雪道の所々を照らす電球の黄色い灯りのように頼りなくて、…〉と、作品に入っていきます。そこで、まずは[一 酢豚]です。酢豚なのですけれど、今日は8月15日で成人式なのだそうですけれど、それって、なんとなくですが、辺鄙な田舎が都会にいいように振り回されているような、そんな感じがしないでもありません。郷に入っては郷に従え、ということなのでしょう。まあ、地方のお盆の味わいなのです。「ポータブル家庭用サウナ」は、それがいかほどのものかわからないのだけれど、試して見ると、試して見たら、とても有用なものだということが、わかるのです。

貴方は 私を 知らない

作品の中に登場している物は、おおよそのものは日常に在るものなのですが、その日常にあるものの、なぜかあり方がそこにある日常とのつながりが薄く、在り方の存在感みたいなものがとても相対的なのです。具体的に言いますと、P296の下段12行目にある「白い毛虫」は、それが何なのかわかりませんでした。もしかしたら、「言葉遊び」みたいなもので作品をズラスようなところがあり、そうした活用があるのかと推測するのですけれど、どうしてもうまくつながりません。ここのところでの作者の作品には、作者の新しい着想が伺われて、文学の前へとすすむ何かを感じます。

卑屈な卑怯者を巡る円環

冒頭の7行で、この作品の意味するところは読者に伝えられているのかなと、最後まで読んで合点させられたしだいです。小説の「構成」とはよく言われる言葉ですけれど、そのことはとてもよく構成されていると思います。ところが、読み進めていきますと、作品の構成が崩れていってしまっているように感じました。一言でいいますと、詰め込み過ぎ、かなと思います。もっとシンプルにしたら、井尻さんの、井尻さんにしか書けない作品なるのではないでしょうか。外交官にしても、純文学小説にしても、とても高度な知識が求められるでしょう。頑張ってください。