2026年3月の例会報告

毎月、会長が報告して下さる例会報告です。

  • 日時:3月15日(日)
  • 例会出席者:5名

もう埋めなさい、と

とても謎に包まれた作品で、書かれていることが「何か」ということがつかめないままです。AのことがBのようになり、でもCになったとしたらのような、つまり現実世界のようにランダムに変化するなら……のような「作品構成」なのかなと思いました。かつて、ほんとに若い少年の頃、城ケ島には何度も行っていました。なんとなく、この作品はその城ケ島が舞台になって書かれているのではないかと思われました。タイトルの『もう埋めなさい、と』は、率直なフレーズではありますが、その分、と言ったらよいのかどうか、作品を貫く深さがあります。

小説

何を書いてある小説なのか、読み終わってもわからず、タイトルに戻ると『小説』となっていて、まぎれもなく小説なのに、小説が見当たらないのです。どこが小説かあたってみたら、確かに文節はあるなと納得、小説の決まりごとも枝を広げて、そうなってみると面白みもそこ、ここに見えてきて、表情もうかがい知れる。面白いだろうと思いつつ書いている。面白くないだろうとも思いつつ書いている。そこの「破綻」してしまうかもしれないところで、とりあえず、命長らえつつ、お婆は頑張るのです。

永井荷風 女性とお金 15

一、大震災前後の女性状況
かなり凄まじい荷風の女性関係が、白日のもとに述べられていて、かなりショックを受けました。荷風にとっては。男女の関係こそが文学で、それで良いとか悪いとかではなくて、もしかするとそうしたこと自体が直に文学だったのかもしれないな、と思えています。

二、大震災後の女性状況
P136下段「得ようとして得た後の女ほど情けないものはない」の一文には、女の波に翻弄されている荷風の地獄なのか、それとも天国なのか、その生き様みたいなものがわかり、かなり荷風に同情してしまいました。

ゆりかごの唄 (1)

〈雪道の所々を照らす電球の黄色い灯りのように頼りなくて、…〉と、作品に入っていきます。そこで、まずは[一 酢豚]です。酢豚なのですけれど、今日は8月15日で成人式なのだそうですけれど、それって、なんとなくですが、辺鄙な田舎が都会にいいように振り回されているような、そんな感じがしないでもありません。郷に入っては郷に従え、ということなのでしょう。まあ、地方のお盆の味わいなのです。「ポータブル家庭用サウナ」は、それがいかほどのものかわからないのだけれど、試して見ると、試して見たら、とても有用なものだということが、わかるのです。

面倒なのに役に立つ

作品の中に登場している物は、おおよそのものは日常に在るものなのですが、その日常にあるものの、なぜかあり方がそこにある日常とのつながりが薄く、あるのですが、在り方の存在感みたいなものがとても相対的なのです。具体的に言いますと、P296の下段12行目にある「白い毛虫」は、それが何なのかわかりませんでした。もしかしたら、「言葉遊び」みたいなもので作品をズラスような趣向があって、そうした活用があるのかなと推測するのですけれど、どうしてもうまくつながりません。この作品の着想は素晴らしいのですが、お膳立てが不足しているのかもしれません。

青空

上記の通りの『青空』というタイトルの作品です。明るい作品なのかと気軽に読み始めましたら、かなり奥行きのある仕掛けになっていて、うまく捉えることができないままに、そこ、ここでうろうろして、まあ、作品に迷ってしまいました。予定通りに物事が進まなかったり、予定のキャンセルがあったりして、当初の予定はキャンセルになってしまうのですが、真っ青な、青空のもとで、その青空のままでないものが「うごめくよう」にうごめいているのか、それとも青空のその底にあるもののことなのか、秀樹、榎田、徹の「今」です。

元透明人間玉巻樹乃

作品に書かれている世界をちゃんと理解することができませんでした。なぜわからなかったのかと考えたら、考えられたことと、頭の中にあるありきたりの思考との間に、あるべき整合性が見つけられなかったのです。その「整合性」を外すことで、この作品は出来上がっているのに、その肝心なところを外して読んでしまっては、まあ、元も子もないことになってしまいます。作品には「元透明人間」とありますが、では現在は? そうした元透明人間って、回りに沢山いるのかもしれません。「私は、私を私だけのものにしたい」は、とても痛切に響きました。叶わぬことですが…。

ドライブ

海辺の砂を掘っていたら、土の中からミニカーがでてきた。手にすると、それは私のものに違いない子供の頃の記憶が残る玩具だったのです。しかも、なんと30台くらいも発掘した。その穴の底からは懐かしい父の声も聴こえてくる。その父の声が実像なのか虚像なのかわからない。わからないでいたら、誰かに肩を叩かれた。妻だった。帰ろうとしたら、妻から、掘り出した玩具の車などを「持って帰らないのか?」と問われて、もう私には必要のないものだ、と首を振るのです。海辺の顛末なのですが、妻と二人の今を、実感して体感した「一瞬」です。