2024年11月の例会報告

毎月、会長が報告して下さる例会報告です。

  • 日時:11月17日(日)
  • 例会出席者:8名

まぼろしのコニー

 鍵の束を持ちながらタイプライターを打つ富豪の館の主人と、脚立の上に座り主人の方へ振り返って、「旦那さまはこのところ、まるでその幽霊だけに本心を話されてるみたいですね」、と言う家政婦の語り掛けから作品は導入されています。タイプを打つ主人と、高い脚立の上に座る家政婦の関係は、どこか貴族社会からは想像できないところの「逆転」構造を暗示しているでしょう。作品はさらりと書かれていくのですけれど、やがて、それが膨大な時間であるのではないかと感じられてきます。手に持つ膨大な鍵の束とは、過去の時間でありましょう。おそらく、コニーはずっと前に死んでしまっているのです。でも、生きています。主人がいて、家政婦がいて、彼や彼女が語る中に生きているのです。コニーにとっても、父がいて、家政婦がいたことは、幸いです。

太陽ジャイアンツ 5

 今回の『太陽ジャイアンツ 5』を読んで、小説の描き方がすっかり板についてきたな、と感じました。なによりも、文体がすっと作品に治まっているのにはおどろきです。作者が作品の中からいなくなり、そのかわりのように、人物が、その場、その場で、自分を生きているように書かれてきたのです。さて、市内の野球大会に向けての「抽選会」で、今回の〈太陽ジャイアンツ5〉を閉めています。〈1、地蔵商店会チーム〉〈2、太陽電鉄チーム〉〈3、太陽ポリス・チーム〉〈4、山之辺会〉〈5、東源寺チーム〉〈6、浜辺中学野球部〉〈7、夕日商工会チーム〉〈8、太陽ジャイアンツ〉の8チームです。それぞれのチームのネームから想像するに、全員野球だというイメージが浮かんできます。職業も年齢もマチマチで、太陽市のエネルギーを感じます。

バブルと失われた十年

《 バブルと失われた十年 》  保科弘之  ――故あって一九九五年を旅してきた――、は、いっぺんに記憶の中に引き込まれてしまいました。1995年3月20日に、山手線の車両内で〈サリン〉が撒かれたのです。この状況は、後々になって何度もテレビを観て、それが何度も何度も地層化していきました。「バブル弾けた」という言葉は嫌いだ、との主張ですけれど、気持ちはよくわかります。日本の経済をメチャクチャにした「何事」かがあっての不調なのではないかと考えるのですが、資料的なものは何も見当がつきません。当時は、ジャパン・ナンバーワンといわれ、気分的にはアメリカを超えていると思っていました。それが現在では、世界で30番の後半位だそうです。その象徴が、半導体の生産に現れているでしょう。いたるところでブレーキがかかってしまったのかと……。

目病み女に風邪ひき男

 面白いタイトルですね。寄り添ってはいけないようでもあれば、ついつい、気になってかなわない、みたいな、そんな感じの作品です。梅琴さんを梅琴として、その神髄みたいなものを今回は作品から感じました。マイナスの物事から、そのマイナスの部分を取り除くことを、抽象的なことであっても、物質的なことでもあっても、どうにかこうにか見つけ出すことに長けているのだなということが、納得し感心したのです。特に194頁上段の行分けされたところから、下段の行分けの部分までが絶妙です。目を病んでいる女は眼帯に紅の布を当て、風邪ひき男は江戸紫(解熱・解毒の薬効がある)の縮緬を身に着けるあたりの描写が、至れり尽くせりなのです。論理的で実用的、それに付け加えて機知に富む文章は知的味わいがします。

読書雑記 57

 『長い道』宮崎かづゑ(みすず書房)を読んで、そこから返された言葉なのだろうか、「ありがとう」が、生の声となって響いてくる《読書感想》でした。作品に持たれ過ぎてもいけない、そっけなくても読者には伝わらない、作者は、そこのところをとても行き届いた文体で書かれています。文学市場の創刊当時に南野佐知夫さんという、少年特攻隊の生き残りだという方が在籍しておりました。その方の同士で、やはり生き残った方がいて、その方は戦後、瀬戸内にあるハンセン病療養所に勤められたそうです。その話を窺って、生き残った命を、どこか捧げるような感じを受けました。生きるってことは大切で、互いに助け合うことがなければ、人間は生き切ることもままならないのだと、この読書日記に接して感動しました。        

百合子の日記

 百合子の日記という事で、その日記が三題、(1)照美とのおつきあい (2)婦人消防隊活動 (3)吟行会の大サービスです。照美さんの「おらいの孫も、たいして優秀ではねぇけんと、東北大と岩手大」はよいとして、自慢の息子は小説家になるために引きこもっている」は、さてはて、痛しかゆしですね。黎明の会員になったのが縁で「女子消防隊」の隊員にもなり、お付き合いです。さて、うっかり、ちゃっかりは続きます。(3)の吟行会です。割り勘で乗車したタクシー代の取り立ての依頼を受けて、260円と受けたものの、それが間違った金額で280円だとの訂正になり、取り立てやら、次回の会の出欠やら、会長さんか不足分を被ってしまうのか。てんやわんやながら、こうした状況でうまくいくなら、こんな平和な土地柄なら住みたくなってしまいますけれど…。

中空携挙

 美少女コンテストにまつわる作品なのですけれど、道筋が見えなく、物事の一つ一つが現れて展開はするのですが、論理で妥当性を築くことが容易ではないのです。美少女コンテストの優勝者が決まり、少女は精巧に作られたレプリカの指輪をはめるのですが、本物の指輪には選ばれなかった、のです。つまり物事は一つではなく、コンテストといいながら、実行されたコンテストはいかさまなのでした。本物の指輪に見初められた娘を人柱にしなければ、この町は滅びてしまうのだそうです。ところが、見初められた子の枕元に、ダイヤが突然現れます。現れるダイヤは惑わせる石で、本当のほんものは、当夜聞こえる唯一の音を残し、四角い小さな箱が海の底へ隠されてゆく、のです。つまりは、本当の大切なものは人の手や欲望から滑り落ち、静かさの中に眠るのてす。