2021年7月の例会報告

毎月、会長が報告して下さる例会報告です。

  • 日時:休会

幸せの湾

 この作品は、静止した時間を想定して読むと楽しい作品なのではないかと思いました。言葉の一つ一つが立つ描写が多々あり、それが作中にいくつも出現して思考力が間に合いません。一つの言葉があり、その言葉に対照する言葉が置かれ、その二つの言葉に指示された言葉と言葉はいやがおうにも他者関係に変異し、それでも夫婦であるだろうし恋人関係です。死者と生者の境もなくなります。1、目隠しの蝶。2、笑い人形。3、会い鍵。読み進むうち、どこか二進法の世界に入り込んだような感覚になりました。(二進法って0と1の世界だとしか知りません)。闇とか黒とかの「0」の世界と、「1」の世界である存在の現れとの、二つの世界が描写・構成されているのではないか。湾の砂浜と、海の向こうに立つ廃屋ホテル、墓、知的な美しさの何事か。

隠居

 紀州田辺城領主となった安藤帯刀直次の一代記といいますか、エピソードが披露されています。一般的に時代物の場合、有名な武将の有名な合戦でいかに手柄をたてたかといった、勲功的側面で書かれますが、作者の取り上げ方はそうしたものとは一線を劃した書き方です。地味であるけれど、なるほどと思わせるのは、よほど下調べをしてから書かれたのではないかと推察いたします。私は安藤帯刀直次なる人物をまったく知りませんでした。歴史に疎くてすみません。ただ、紀州田辺藩というのは、そこの侍の子孫という方を知っていまして、回り回って伺ったことがあります。田所泉さんという方です。新日本文学会の雑誌『新日本文学』の発行人でした。怒るということがなく、つねに冷静で、論理的思考を重ねる方でした。何となく直次の人物像に似ている方でした。

2020煙草総集編

 作者が禁煙したとは伺っていましたけれど、それが、作者に招待された昨年の2月の練馬区民美術展での後(作者の作者らしからぬ筆致の絵に対面)、作者と和子と私でコーヒーを飲み喫煙した、その時が最後の喫煙になったとは……まったく、楽しいひと時でしたね。実は今年になって、和子も私も禁煙しました。理由はありませんが、ズルズルズルっと禁煙して、現在に至っているのです。もっとも、電子タバコに変えただけですけれど…。電子タバコもやめようかと思っています。煙草は思いに耽る時には必須なものだったのに、思いだけで耽るってのはなんだか要領を得ません。煙草の理想的な嗜み方は、トーマス・マンの『魔の山』のような、酷寒のベランダで星空を見上げながら、暖かい毛布に包まれての一服なのではないかと、夢想したものです。

映画日記 57

 ★印を数えてみました。★印5つの作品が3つでした。★印4つは22作品。★印3つは36作品。★印2つは6作品。★印1つが3作品でした。合計70作品です。これだけの映画を鑑賞する努力は並々ならないことだといつも思います。好きなんです、と言われてもやっぱりすごいです。ところで今回目についたのは★印1つの作品でした。★印の少ない作品、しかも1つというのは、これまで少なかったように思うのですが、今回は3つもありました。できの悪い作品ということで、私が私の視界から消してしまっていただけなのかどうか、なんともいえません。四季折々の出来事を追体験する『もち』(小松真弓)。即身仏になろうとした青年が、怪物の発見された村で行方不明になり…『破壊』(豊田利晃)。マヤ文明の水源で、いけにえささげられた聖地『セノーテ』(小田香)。

読書街を散歩すれば 3 タイムスリップ

 学生街かなんかで、女子大学生が文庫本を片手に歩く姿は、なんとも明るい未来がすぐそこにあるように感じられ、ただそれだけで幸せでした。こういう風に書くと、たわごとを…と思うのですが、あの時代の懐かしさは今でも本物だったと思えてなりません。「20歳の誕生日プレゼント」が北杜夫だったのは忘れられない記憶ですね。「破滅的行動と天才の狭間で生きた石川啄木」は、石川啄木が新婚生活をしていた家を、『さくさく』の一行で訪問旅行しただけに、懐かしいです。その際も、随分とみんなで石川啄木の悪口を言ったものです。石川啄木はあのようにしてしか生きられなかったのでしょう。「さくさく」には、石川啄木が大嫌いだと言いながら、読む小説や文学評論はすべて石川啄木のものばかりという方がいました。啄木は時代を先取りしすぎていたのでしょう。

infantile vile

 タイトルの「infantile」と「vile」をネットで引いたら、両方合わせて〈幼児的悪徳〉とありました。意味を知らずに作品を読み進めたので、そういう意味だとは解らずに読んだことになります。だとすると、40歳の私ではなく、中学二年と中学一年の私が作品の眼目なのだと思いました。「ぎっちょ」と「こーた」です。美術クラブでいうデッサンでしょうか。文体がそのデッサン風なのです。文章の書かれ方が相対的でもあります。冒頭に書かれている「黒い縁取りの蝶」は、P233上段1行目で「両手に少しばかり力を込めると呆気ないほど蝶は引き裂かれた」とありますが、引き裂かれた2片の片方は「こーた」で、もう一片が「ぎっちょ」なのだと、読後に感じました。絵画にしろ文学にしろ、また抒情的な小説にしろ、今の瞬間を壊す悪徳がどこかにあるものです。

フランス外人部隊

 作者にとって新しい作風の作品なのではないかと思いました。もっとも、いつかは書かなければならないと構想していた作品でもあるのかと。それにしても奥多摩の自然の描写や季節の移り変わりの表現はみごとです。そこに人間が生きていることを感じさせます。まあ、わが故郷バンザイといったところでしょうか。タイトルの『フランス外人部隊』から、かなりの長編小説になるのではないかと思われます。さて誠です。南方戦線の急激な変化によって、誠はフランス外人部隊に入隊したのかもしれないなと、推測して見ました。なお、甥っ子である恵太が後編では何か役割を果たすよのではないかと期待しています。作中の、フランス外人部隊は、外人部隊の隊員であるかぎりにおいて、何事からも守られるとの条項があるというのは、すごいです。血の契約なのでしょう。