毎月、会長が報告して下さる例会報告です。
なんでも透けて見える鏡に映して見た場合の、「真由子ちゃん行方不明事件に対するきずな」です。町内こぞっての野外バーベキュウを催す町会なのですから、とても調和のとれた隣近所という設定でしょう。ところが、そうした外面とは裏腹に内面となるとどうでしょうか。そのことが作品には書かれています。視点人物である「妻と夫」が、もし真由子ちゃんの葬儀に参列したとするなら、おそらく涙を流したりするのでしょうが、〈きずな〉はありません。では何が〈きずな〉なのかですけれど、「右へならえ」に象徴される同調圧力なのでしょう。真由子ちゃんは死に、真由子ちゃんの両親は町内から追い出され、視点人物の夫婦は子供を授かります。なんとも奇妙な気持ちになります。つまり同じことの再生産が繰り返されるだけで、なにも「変わる」ことがないからです。
作者はあらためて理科系の人なんだなと感心しました。1、2、3、4、5、6、7、8、と自分の生き越しを概観する思考は斬新です。なんとなくですが言葉を物質化して、その言葉でもって自分自身を理路整然と顧みているような感じがします。面白いのは、その作者の趣味が文科系的であることです。書かれているように、庭造り、花、陶芸、芸術方面と多彩です。庭づくりをして、その庭に花を咲かせること、果実を収穫することの喜びが伝わってきます。実は、作者の収穫した何種類ものブドウを頬張りながら、この作品を合評したのです。秋を感じました。収穫祭のような思いを懐きながら……。末尾の段落で、「第十二期に入った」と書かれていますが、「第十一期」なのではないでしょうか。まあ、一期分は貯金だと思えば、七年分は余計に生きられるということで幸いです。
構成のアヤみたいなものが巧みなです。段落が三つだけの作品で、意図を描写によって現わしています。第一段落はヒカルの話をカナが聞いている場面です。第二段落は、ヒカルと別れて帰途についたカナの描写なのですが、いつの間にか夢に落ちてしまいます。第三段落は二行だけの夢から覚めた「今」です。第一段落でおもしろいのは、痴漢に会ったヒカルが刑事に犯人について何遍も訊かれていたら、供述した犯人の顔が夫の顔に似てしまったところです。そりゃあ刑事もびっくりするでしょう。カナの見た夢には、シンデレラ願望を想起させられました。人間の思考って、二進法的なのかもしれません。男がいて女がいる。私だけだと落ち着きません。なにしろ、二足歩行をして前に進むのですから。文体や作品構造について色々と意見が出されました。新境地ですね。
これだけの作品を書ける作家は、日本にはおそらくいないのではないかと感動しました。狂詩曲風に構成され、なおかつ哲学を含んでいるでしょう。マルクスの『資本論』は学生の頃に少し読みましたが、この作品を読んでまったく私には読めていなかったのでないかと思い知らされたしだいです。哲学は観念的に語られるのではなく、人間の進歩に益するものではなくてならないと展開されたのが唯物弁証法であります。それは単なる学問ではなく、フランス革命の貴重な果実をナポレオンに略奪された時代のことです。マルクスは労働価値説を唱えました。それは民主主義と自由と平等の基礎理論です。悲しい時代の紆余曲折があり、和香はロンドンにてそのことを今、肌に感じて「記憶の宮殿」に迷います。自分へ手紙を書こう、その長い手紙がこの作品でしょう。
コロナ禍の中での高校生三人組(山内・熊田・俺)による、卒業式、大学入学試験の結果待ち、原宿散歩と、ウキウキした桜日和の一コマです。山内はかなり現代的な高校生です。レスリングで国体に出場するし、バンドでボーカルを担当するなど、あらゆる面で万能なのです。熊田は古風な秀才らしく官僚を目指しています。俺は、無難に、大学で経済学を学ぶ志を持っています。三者三様で、古典絵画にある三美神ではありませんが、象徴的人物を取り上げているのでしょう。作者が書いている「墓地の側の桜並木」って、青山霊園のことでしょうか。あそこには有名な方が何人も眠っていて、大志を語るにはもってこいの場所だと思います。県の三本指に入る高校、というのには「?」でした。東京のそれなりの高校の設定の方が無難だと思います。まずは『祝・桜咲く』。
おもしろい構成になっています。「(1)逡巡しつつ美容院へ」は、コロナ禍と私の日常が書かれています。余儀なくされた引きこもり生活の不便さです。「(2)遥かな故郷」は、開催予定だった同級会が流れた話ですが、そこへ持っていくのにグミの赤い実を出したのはとてもよいと感じました。グミの「微かな酸味と甘さ」は、同級会の楽しさそのものを彷彿とさせます。同級会中止も引きこもらざるを得ない因子でしょう。「(3)ごめん。おふくろ」は意表をつくようなパートになっています。視点人物が「俺=敏弘」になっているのです。それにしても、敏弘の悪童ぶりにはびっくりしました。女性教師への驚くほどの反抗、万引きや盗み。これだけでも驚きなのに、その彼が警察官になったというのはさらに驚きです。人間変わるものです。…ほんと『ごめん。おふくろ』です。
今回は観劇記録として48作品が紹介されています。★印3つが26作品。★印4つが18作品。★印5つが4作品でした。その中でもオヤッと目をとめさせられたのは、『新聞記者ドキュメント』(森達也監督作品)です。東京新聞社会部の望月衣塑子女史の鋭い質問に対する、安倍総理や菅官房長官のけんもほろろの対応ぶりを、テレビのニュース等で何度か見たことがあったゆえです。いろいろと話題にはなりますが、森友学園・加計学園の問題は国政の中では非常に小さい問題だと思います。たぶん些末な出来事です。でも、そこに有ってはならない不正があり、正しいことがゆがめられているのだとすれば、ゆゆしき問題です。つまり、正しい政治がなされているかどうかにかかわるからです。新聞記者たるもの、望月女史のようであってほしいです。