2014年5月の例会報告

毎月、会長が報告して下さる例会報告です。

  • 日時:5月18日(日)
  • 例会出席者:12名

スーツの泥

 作者の周りには色々な物が取り巻いていて、その中で生きる喜び、感謝を自然体で詠っていて好感します。カマキリだとか、ガマガエルなど、普通の女性なら毛嫌いしてしまうところですが、あらゆる命を祝福する自然観は、作者ならではのものだと、つくづく感じさせられました。「初秋の幼き蟷螂がテラスに坐りあした流るる雲をみてをり」は、そこに願いや祈りが籠められており、すばらしい自然美の造形があると感じました。「幼き」は、希望でもあれば、弱さでもあるでしょう。蟷螂の姿は、まるで両手を合掌するかのようであります。「流れる雲」は、往く末のわからない雲で、無事であることを祈る様で、このような情景は最初の「幼き蟷螂」自身にかかわっているのです。作者の目です。「「ああよかった」姉の笑顔に安堵せり九十八歳まだ確かなり」の歌に、作者の冒険的な手法を感じました。「ああよかった」という言葉を挿入する作者の大胆さに脱帽です。

秘薬・媚薬・尾薬

 文章の立居姿というのでありましょうか、文章から余分な力が抜けて、意味するところを自在に表現する作品に仕上がっています。作品の導入の仕方・構成も、語るものを語らしめていて充分でする。秀吉の例をあげ、映画「ドリアン・グレイの肖像」での悪魔との取引に進み、再び大英雄・秦の始皇帝の逸話に高め、すかさず、現代の女性の美容と若返り願望の話題に読者を誘導してしまうのです。そこでニンニク酒の体験談の顛末が披露されます。カプセルに入れて服用するなんて、悪戦苦闘ぶりには感心してしまいます。女性の願望が美容だとすれば、男の求める「おくすり」はなんといっても「媚薬」ということになるでしょう。マタタビ酒をなめた猫のシーンは圧巻でした。それを見た恐怖心に打ち勝って呑んでみたのですが、とりあえず人間には変化なし、と思っていたらひどい下痢に悩まされた、という落ちで筆を置いています。ピンポイントではないけれど、大体の部位的には効いたのかも…。

松原の仙人

 富士山と三保ノ松原とが、ユネスコ・世界自然遺産に認定されたこともあり、記念の作品としてとても興味を持ちました。謡曲「羽衣」の謡い出しは「風早の。」だそうですが、なるほどと思いました。というのは、富士山の上昇気流があるので、この松原では風が強く吹くのではないか、と類推したからです。だとすると、世界遺産に富士山だけではなく、この松原も一体であることは納得のいくものです。という感想を持ちつつ「松原の仙人」です。作者は仙人を見たことがあるそうです。その仙人の話がこの作品で、その仙人の話は作者の現実の中での身の処し方みたいなもので、ふわっと表現されています。夢と現実、夢に溺れず、現実に縛られることもなく、夢と現実をうまく共生させる感性が作者の持ち味だと、感じさせられた作品です。書かれている風景だとか物事は、同時代を生きた者からするととても懐かしいです。(「ホームレス」の一語は、浮いた表現との指摘がありました。)

クリスマス

 雪と水、寒いと温かい、生と死、貴女と私といった「あいたい」するものが一方の相対するものに向い、溶ける様々を抒情的に表現している作品だと感じました。貴方と私に焦点を絞れば、貴方を貴方として尊重するがゆえに、私を貴方の中に溶け込ませ、一体となる葛藤の作品です。この、貴方と私の相互の行為は「恋」であるでしょう。抱擁し、ひとつとなりながら、そこに、やはり貴方と私はいるのです。純粋な悲しみがあるとすれば、このようなものだと、作品からヒシヒシと伝わってきます。そこに上記に述べた諸々が相対として絡んでくるのです。死者と生者の物語など……。各章において登場人物、視点人物を変えて書かれていますが、この手法は短編にてはやや無理があり混乱してしまうかもしれません。恋愛小説は難しいです。作家で成功した作品に出合ったことがありません。それなのに、あえてチャレンジした試みは好ましいことです。「間」の含みが見事な作品です。

雪のささやき

 とても構成のよい作品です。中学三年のとき、吹雪の中で聞いた朝の挨拶「おはよう」のひとこと、そのひと言を胸に刻み、…何十年振りかの同窓会。今度は主人公の陽子が「おさむ…君」と返答の言葉を胸に秘め同窓会へと向かうのです。同窓会の一番の楽しみは、「あの人」はどうしているだろうかということでしょう。事に、この作品のように胸に秘めた人の出席する同窓会ならば、心も浮足立つというものです。合評会の終わった二次会で、作者から作品の動機など、いろいろ伺いました。登場人物の修と信也、敏子と陽子は実在の人物で、信也と敏子は結婚したけれど、敏子はその後亡くなり、あこがれの修も若くして亡くなったとのことです。これを聞いて、なぜか、死者も出席する同窓会というものを考えました。そうですね、欠席の人でも、欠席という形で参加しているのかもしれません。かつて言えなかった一言、今だから言える一言、それが同窓会の楽しみでしょう。

悠希レッド

 悠希は現代の閉塞感の中にいる25歳の青年として見事に抽出されています。八方塞がりで、「就職」でしか現状から自分を救う道がないのです。が、就職にしても社会の仕組みの隘路であることを悠希は自覚しており、不安な日々を送っています。楽しかった子供の頃の記憶。すると偶然、街で子供の頃の友人、直樹と再会するのです。別れ際に直樹の言った「悠希レッド」は、なかなか意味深いものがあります。直樹が悠希に対して言った言葉ではあるのですが、それは同時に直樹自身にも投げかけた言葉でもあると感じさせます。しかも、現在の悠希や直樹なのか、それとも子供の頃の思い出に対してなのか、さらに、未来に向けて投げかけられた言葉としても響いてきます。平凡な青年である悠希に対して、特異な青年の直樹の登場のさせ方は、小説の書き方の基本です。作品にリアリティを与えています。読者に、もっと直樹を読みたいと思わせるのですから……。