2012年8月の例会報告

毎月、会長が報告して下さる例会報告です。

  • 日時:8月12日(日)
  • 例会出席者:5名   二次会より2名

読書雑記 27

 今回は「表現のために」とタイトルを置き、独自の新しい表現の追及をアドバイスしています。その一環として、芥川賞選考委員の降板問題を取り上げ、一般に言われている文学衰退説を批判しています。「既成の読解者の過ちに惑わされてはならない」といった論には賛成ですが、選考委員の降板問題とか、文学衰退説になると、あまりに世俗的に傾きすぎて感心しません。選考委員の感性が鈍くなったからだろう、と言われると、どうも納得できないのです。石原慎太郎を私は好きではありませんが、彼なりのそういった領域もあるのだろうと思っています。黒井千次など、馬鹿がつくくらい良識的な方だと思います。「作家や作品に箔をつけて……」になると、出版社の思惑になってしまい、文学とはかけ離れた論です。2次会に出席された作者から、後藤明生の未発表作品集を手に入れた、と伺いました。売れないので、出版社が出版しなかった作品の数々なのでしょう。そうしたものにまで、目配りを持つ作者を、実は見直しました。

つぶやきおばさん

 読むのがむずかしい作品です。軽く読んだらよいのか、おしろく読んだらよいのか、それともちょっと恐い感じに読んだらよいのか、わからない作品なのです。作者はおそらく、その全部ですよ、と言うでしょう。妻に香典袋を頼まれて駅ビルの百円ショップで買った私は、偶然に姉と出会うのです。そこで、「つぶやきおばさん」の一連のことを聞きます。店にいつもくるくれど商品を買わない、変わったおばさんです。店の企画で、商品のクレヨンで子供に絵を描いてもらい、店内の壁面に掲示するという催しが持ち上がりました。すると姉の息子はあっという間に、「つぶやきおばさん」の似顔絵を描いてしまったのです。展示するかしないかで色々あったけれど、結局展示。「外してもよかったが、息子の力作だからこそ、当人にも見てもらいたかった」との、姉の心理が披露されています。当然のこととして問題が生じます。まあ、つぶやきおばさんの魔女振りが展開されるわけです。人が擦れ違う駅、商品を介在させての店舗での対面、つぶやきおばさんとは、そんなエアーポケットにポンといるような不思議な人物に思えました。

月の輪亭本店

 感動を与え、とても心温まる作品です。視点と作品の内容との構成において、斬新なものがあります。普通の作品ですと、視点人物は傍観者的で、見た世界を客観的に描写しておわります。ところがこの作品は、擬人化された動物の世界を描いて見せますけれど、その締めくくりにおいては視点人物に問題を逆照射して終わらせているのです。読者は視点人物を通して読んでいきます。すると、ここに登場する動物たちに何らかの感情移入をするわけですが、その最後の最後で「一つだけ、人間に頼みがあるんだ」との虎猫の言葉は、ストレートに読者への呼びかけになる構造なのです。作品は読者に問題を投げかけ考えさせることができたら成功です。ところがこの作品は、問題を投げかけたり考えさせる前に、より直接に読者との対話を果たしているのです。虎猫、柴犬、ウサギ、熊、それぞれ皆、こんなに頑張っているんだぜ、だからあんた、人間には責任があるんだ、死んじゃだめだよ、と。画期的な作品構造でしょう。

七夕

 ほんわかした思い出です。「思い出」というのは、思っているとふっと出てくるものでしょう。本当は、考え事や物事の合い間、無意識の状態にあって浮ぶもの、それを「思い出」というのではないかと思うのですが、そこに縁みたいなものを含ませた言葉に表現するのですから、なにやら日本語の美しさを感じさせられます。(裁縫の得意な)母、七夕、三姉妹、ピンクのパンツ、川遊び、これらの単語は、考えてみると神話の要素に見えてきます。七夕と川遊びは、まさに天の川の織姫と彦星です。また、七夕の七を、七五三の七と取ると、三姉妹の一番下の私が七歳だと想定されます。昔々の七歳は女の器量の現われる年頃だったでしょう。そうした三姉妹の川遊びは華やいだ風情を思わせます。そこでピンクのパンツです。「天の羽衣」みたいなものも想像されますが、まあ、深読みの楽しさはこのくらいにして、「流されたのがパンツで良かった」と抱きしめた母は、確かに忘れられない思い出ですね。

丸腰のミッション 後編

 連載の完結、おめでとうございます。読者としてもたいへん楽しませていただきました。作品の展開だとか、その場面で書かれている内容だとか、また作者の視点の変化・深まりなどをリアルタイムで触れさせられたような充足感があります。一つの言葉で表現するとすれば、P39の上段~下段に書かれた文章でしよう。いわば、ニーチェの言葉「脱皮できない蛇は死ぬ」に相当するものだと思いました。しかもこの作品は、書き進めるごとに脱皮してきているように感じられるのです。始めは、単に面白い作品を書こうとしたのではないですか。それが思わず深みに入り、意味のある思考に挑戦していったのです。それゆえに、作品の全体から見ると少々アンバランスに感じられます。でも、長編の醍醐味とはそうしたものでしょう。作品とともに作者は成長していくのです。警察、税務署、労働基準監督所の因縁で、善生・啓韻・俊郎の大団円になり、浄土真宗・禅宗・神道がうまく打ち解ける形で終わっています。読者としては、特別編として、三人のカラオケ大会でも催していただけるとうれしいのですが……。
 仏教のこと、剣道のこと、いろいろと勉強になりました。
 心の汗を感じさせる作品でした。

例会報告一覧

例会トップに戻る