毎月、会長が報告して下さる例会報告です。
作者独特の作品だな、と感じました。作者が見ているのは、作者が書こうとしている「作品」なのですけれど、その「見る」ことと「書く」ことが相互的になされ、読者は不思議なリズムとなって受け取ります。こんなふうな小説を、自然体で書くのは難儀なことだと思いますけれど、特殊な感性をお持ちなのか、それをいつも、スラリと書かれています。小説の書き方はいろいろとありますけれど、その人、その人、なりの書き方があるのですね。とんちんかんな言いかたになってしまいますけれど、「募金」というタイトルで、その募金の向こうにある「希望」の在所のことかも。
作品を読んでいったら、『P133上段にて~わたしの生まれは埼玉の高麗神社近くなの。この神社の近くを高麗川が流れていて、川の畔の巾着田というところに百万本の曼殊沙華の花が毎年秋に咲くの。』を目にするや、遠い学生のころの思い出が蘇りました。それは友達に誘われて高麗神社に行った思い出です。彼は、高麗神社の佇まいも、曼殊沙華の賑やかであり淑やかな佇まいも、とても気に入ってしまいました。「坂本君、また来ような」と約束させられたのですが、行くことはありませんでした。彼は労働基準監督官に合格したのですけれど、その五年後に亡くなったのです。
高尾山のことなら、作者のこと、作者名は高尾で高尾山由来だと推察いたします。また「周一」は週に1回の高尾山登山のことで、作品と作者がみごとに一体化していて、感心いたします。もっとも、シリーズ書かれていますから、そのことは当初から納得のことです。高尾山は、東京にあり、最も身近な山です。しかも、小さな山ながら、植生の多様さにかけては誇るべきものがあります。日本一だと伺っています。「周一」さんは、週に一度の高尾山詣でを欠かさない表明だそうで、その惚れ込みようには頭が下がります。高尾山から見る富士山は見事なものなのでしょうね。
いつも、大変楽しい作品を書かれてくださって、ありがとうございます。「桃栗三年/柿八年/柚の大バカ十六年」をみて、そうなのかなと、考えました。考えたけれど、坂本の知識が薄弱ゆえのこともしれません。それに引きかえ、高橋さんの筆って、とても滑らかで、舞台の芸人が自信たっぷりに語るようなところがあり、いつも、文才なのかなと感心させられます。リズムが巧みですね。文章のうまさは置いときまして、奥様の描写における微妙な心遣いからは、家庭の円満さが伺えてとても微笑ましいです。『随筆売れずに90才』。そうですね。90才まで元気に楽しみましょう。
いつもは、何の気もなく『読書雑記』を読んでしまうのですが、それでは、このページから学ぶことを見落としてしまうのではないか、と気づき、このように書き始めました。もっとも、そのことに意味があるかどうかはわかりません。ただ、「読む」ということを意識しないと、その「読んだ」ことを自分の身につけることができないままらなってしまいます。メルヴィルの『白鯨』・オーウェルの『1984』・ツヴァィクの『昨日の世界』。なるほど、それなりの作品を書くことを目指しているなら、読まなければならい質の作品ですね。「読書雑記」で目にしただけで、刺激になります。
ラフカディオ・ハーンと小泉八雲。なんとく名前を並べられると、果たして同一の人物なのか、それとも別人なのか、混同してしまうところがあります。この混同は、思い出せば中学生の頃からあったかのかもしれません。ラフカディオ・ハーンが、小泉八雲と名乗ったのだとすれば、それは日本にとってはとてもありがたいことでしょう。また、名前が二つというのも、人の存在についての意味を深くして、神秘性を、物を弁えない私にとっては感じるばかりです。ラフカディオ・ハーンと小泉八雲。一つに納まらず、二つの名前に行ったり来たりしたいものです。
前編ということで、核心的なことに入る前段階なのですが、それとなく触れる所があったりして、とても繊細な構成をされているのだなあ、と感じました。P269下段の最後から3行目にある、「あなたはわたしみたい」の一文を目にして、ハッとしました。何と言いますか、肉体的なセックスではない、精神的なセックス、これまでで一度も目にしたことのない〈精神的な性描写〉を初めて「見た」ような感動を受けました。作者の目、って大事ですよね。後編が楽しみです。でれきれば、中編があって、後編でおわると、長く読めてありがたいのですが、いずれにしても楽しみです。
すごく難しい作品でした。三回読んだのですけれど、三回読んでも、頭の中で作品の筋道を理解することが出来ず、分かろうとしようと思っても、良くは、分からないのです。Aということが分かって、Bということも何となく、そしてCに行ったなら、AもBも、お話の骨格がよくわからなくなってしまうのです。もっとも、「フィリピン」というのは、日本にとって、とても馴染み深さを感じる国で、なんとなく、少し前の日本を感じます。すごいな、と感じたのは、小説一本ではない、とても複合的な視点で物事を見る、そうした「表現」の試みをとても鮮やかに感じました。